Vol.19
こころからよりよい生を考える
−病気や障害があっても−
橋本 直子准教授
人間科学科
今、皆さんのこころは元気でしょうか? こころ穏やかに過ごせていますか。しんどいことや、落ち込むこともあるけれど、ウキウキワクワク楽しい時もありますか。将来への希望や目標がありますか。食べられていますか、眠れていますか。
そもそもこころが元気ってどういう状態でしょうか? 「こころ」という言葉でイメージされるものは皆さん漠然とし様々だと思うのですが、ここでの「こころ」はメンタルヘルス(精神的健康:mental health)を指しています。
近年、メンタルヘルスの不調を抱える人々が増えてきていて、生涯を通じて5人に1人が精神疾患に罹患すると言われています。そんなに多くの人が!と思いますか? 日々のニュースでもひきこもりや依存症、自殺といった社会問題を聞くことがあると思いますが、そうした問題も実はメンタルヘルスの問題でもあるのです。メンタルヘルスの不調は「メンタルが弱い」という言葉に象徴されるようにその人個人の問題や責任のように捉えられがちなのですが、その人を取り巻く環境、社会状況や社会構造のあり方と深く関わっています。今の社会の状況を見てみると現代は誰にとっても「生きづらい」社会であり、誰しもがメンタルヘルスの問題を抱える可能性があるのです。ステイホームやソーシャルディスタンスが叫ばれていたコロナ禍を振り返ると、自分を取り巻く環境の変化が自分のメンタルヘルスに影響を及ぼしたと思う人もいるはずです。
WHO(世界保健機関)はメンタルヘルスについて「精神障害がないこと以上のものである。」そして「人々が自分自身の能力を発揮し、人生のストレスに対処し、生産的に働くことができ、地域社会に貢献することを可能にする幸福(well-being)な状態である。」1)といっています。つまり、病気や障害があってもなくてもその人なりの生活や人生において、自分の持っている力を発揮し、コミュニティーのつながりの中で、より良く生きる状態が精神的な健康状態であると述べているのです。
こうしたメンタルヘルスについての授業が私の担当する「精神保健」です。現代社会のメンタルヘルスの現状や課題をとりあげ、皆さん自身のメンタルヘルスへの理解を深め、そして、メンタルヘルスの不調や精神障害のある人とともによりよく生きることそしてよりよい社会のあり様について考えていきます。
一方、私の研究テーマとする「こころ」とはスピリチュアルな領域を指しています。これまで精神科医療の現場で精神障害のある人や依存症の人々とかかわってきましたが、病気や障害があっても他者とのつながりの中で、ありのまま自分を理解し、その人らしく今この時を豊かに生きる多くの人と出会ってきました。まさに、精神障害があっても精神的健康な状態(よりよく生きる)の人々です。精神の病気を患うことは、その症状の苦しみとともにいまだに根強くある社会の偏見や差別の中でその人の存在の危機的状況となります。精神の病気や障害によって、これまでの自分の価値観が崩れ、生きる意味も、未来への希望も無くしてしまうという「こころの痛み(スピリチュアルペイン)」を抱えた時、人がどのようにその痛みとともに生き、よりよい生のプロセスを歩むのか、また支援者はそこにどのようにかかわるのかということに関心を持って、現在、当事者や支援者へのインタビュー調査などを通して研究を続けています。
※所属や内容は掲載日時点のものです。また内容は執筆者個人の考えによるものであり、本学の公式見解を示すものではありません。
参考資料
1) World Health Organization “mental health”