十人十福

Vol.15

ソーシャルワーカーとして、
生きづらさを抱える人々が
自分らしく居られる社会を目指して。

吉岡 もとさん

関西学院大学大学院 人間福祉研究科

2024年卒業社会福祉学科

岡山市出身。高校時代、ベトナム戦争からの帰還兵のPTSDを描いた映画をきっかけに、一見しただけでは捉えられない苦しみや生きづらさに関心を持ち、トラウマ(心的外傷)について研究する池埜聡教授のもとで学ぶため人間福祉学部社会福祉学科に進学。社会福祉士と精神保健福祉士の資格を取得後、現在は人間福祉研究科で周産期ソーシャルワークについて研究している。大学4年間は留学生を対象とした日本語ボランティアとして活動。

#大学院#福祉

トラウマレンズの視点から精神障害を捉え直す。

学部ではトラウマ(心的外傷)学を研究分野とされている池埜聡教授のゼミに所属し、トラウマが個人や世代間に与える精神的・身体的影響や、トラウマの癒やしに効果があるとされるマインドフルネスについて学んできました。ゼミでの最も大きな学びは、精神障害を「トラウマの視点」から捉え直すことの重要性、つまりトラウマレンズへの気づきです。うつ病や統合失調症、依存症などの精神障害はその症状が問題として捉えられがちですが、そうした背景には幼少期の虐待や傷つき体験といったトラウマが存在することが少なくありません。ゼミでは、こうした過去のトラウマ経験が自己を守るための適応として機能し、それがその後の生きづらさや症状として現れる可能性があることを学びました。この視点を持つことで、診断名のみに頼らず、クライエントの苦しみを深く理解しようとする姿勢の重要性を認識しました。
また、トラウマを抱えるクライエントは自己防衛のために他者との間に壁を作ることがあり、支援者が安易に踏み込むことでかえって関係性が築きにくくなることもあります。そのため、ソーシャルワーカーは無理に介入しようとするのではなく、まずはクライエントが安心できる関係性を構築することが重要です。こうしたゼミでの学びは、ソーシャルワーカーとしての専門的視点にとどまらず、一人の人間として他者を理解し、尊重する上でも極めて重要な気づきとなりました。

当たり前を疑い、行動を起こすことができるソーシャルワーカーになりたい。

精神保健福祉士を志したきっかけは、2年生の秋学期に受講した「福祉政策論」の授業でした。授業を通じて、精神障害者が長年にわたり制度のもとで人権を無視され、地域から排除され、精神科病院に“収容”されるという歴史を知り、大きな衝撃を受けました。現在は徐々に改善されつつあるものの、このような非人道的な構造に強い問題意識を持つようになりました。
さらに、精神科病院から患者を解放したバザーリア、ノーマライゼーションを提唱した二ィリエ、教育を通じた社会変革を訴えたフレイレの視点を学び、障害者福祉の歴史や制度を深く考察しました。制度や政策を批判するだけでなく、自分自身の中にあるバイアスや価値観にも向き合い、それを問いただすことが「当たり前を疑い、覆す」ために不可欠であることを学びました。また、こうした視点を持ち、実際に行動を起こすことこそがソーシャルワークの本質であると感じ、私もそのようなソーシャルワーカーになりたい、と強く思うようになりました。入学当初から社会福祉士の資格取得を目標にしていましたが、この授業を通じ精神保健分野への関心が高まり、精神保健福祉の資格取得も決意しました。

大学院実習を通じた、周産期ソーシャルワークとの新たな出会いとその研究。

3年生の夏休みに社会福祉士、4年生の夏休みに精神保健福祉士の実習に行き、地域や精神科病院にはまだまだ課題が多く、現場に出る前にさらに学びを深める必要があると考えて人間福祉研究科に進みました。当初は池埜聡教授の指導のもと、精神保健福祉士(精神科ソーシャルワーカー)とトラウマを背景に持つ精神障害者との援助関係構築について研究したいと考えていたのですが、研究科1年生の夏、九州にある急性期病院へ実習に行き、周産期医療の現場でソーシャルワーカーに付いて学ぶ中で関心に大きな変化が生まれました。
実習中に出会ったある妊婦の方に、幼少期に被虐待経験を持ち、現在も様々な生きづらさを抱え、社会とのつながりが限られる中で妊娠・出産を迎えようとしておられる方がいました。出産すれば母として子どもへの責任を問われ、彼女の背景から虐待リスクも注視される立場ですが、それ以前に妊婦自身が生きづらさや課題を抱えている存在なのだという視点は現在の医療では見落とされがちです。ソーシャルワーカーは「クライエントの生活」という広い視点を持ち、出産というライフイベントをきっかけにそれまで病院に関わってこなかったクライエントと信頼関係を築き、必要な情報を聞き取り、地域の保健所や関係機関と連携して、その方が退院して地域に戻った後も円滑に暮らせるようサポート体制を整えていきます。実習を通して、こうした周産期ソーシャルワークの先駆的な取り組みに興味を抱くようになり、修士論文の研究テーマにしたいと思いました。今後も実習先でお世話になった病院に関わらせていただきながら、周産期ソーシャルワークについて探索的に研究していきたいと考えています。

日本語ボランティアとして異文化交流し社会の多様性を学ぶ。

留学生のサポートに興味があり、大学4年間は日本語ボランティアとして活動を続けてきました。1年生の時はコロナ禍のためオンライン上で、2年生からは対面で授業に関わりました。ある時、留学生が考える日本の社会問題についてリポート発表をするという課題があり、私は日本人学生の立場からそれらのディスカッションに加わっていました。ある韓国人学生が、日本の最低賃金に地域格差があることを問題視しており、「韓国では最低賃金は一律であり、日本でも一律にするべきではないだろうか」と主張しました。私は、韓国で最低賃金が一律であることは初めて知りましたが、地域によって物価も異なるため最低賃金も違って当然なのではないかと主張をし、さらにディスカッションを深めました。ボランティアとして授業に関わる中で、それまでに意識したことのなかったような自国の特性や他国との違いを知り、他国の社会の在り方や新たなものの捉え方を知ることができたアカデミックな国際交流の機会になったとも感じています。知り合った留学生とは、授業以外でも一緒に遊びに行ったり、互いの国の料理を振る舞ったりして異文化に触れることもできました。

生きづらさを抱えていても自分らしく居られる社会へ。

高校時代から関心を持っていたトラウマとそのケアについて、授業やゼミでの学び、計3回の実習で得た経験などが当初の想像を超えて結びつき、現在の研究テーマである周産期ソーシャルワークへと繋がったと実感しています。特に実習では、メンタルヘルスに課題を抱える妊婦やその支援にあたるソーシャルワーカーの姿を目の当たりにしたことで、トラウマの視点を持った支援の重要性を改めて認識しました。大学院の残りの1年間は研究に集中し、周産期における精神保健福祉の課題や、支援体制について研究をしていく予定です。大学院修了後は、医療機関でソーシャルワーカーとして実践経験を積みたいと考えています。池埜教授から「実践と研究の両方を大切にするように」と教わったことを胸に刻み、現場での経験を通じて見えてくる課題や、自身の実践力の至らなさを踏まえた上で、将来的には研究の場に戻り、支援のあり方を探究し続けたいと考えています。
私が思い描く理想の社会は、生きづらさを抱える方々が自分らしく居られる社会です。そのような社会に近づいていくため、私はソーシャルワーカーとして、クライエントの生きづらさの背景に目を向け、その方の人生の選択を尊重しながら寄り添う支援を目指したいと考えています。
また、現場の実践と研究の両面からアプローチを続け、クライエント個人だけの支援にとどまらず、生きづらさを生み出す一因である社会構造にも注意を向けながら、広い視点を持って支援に携わりたいと考えています。