Vol.10
患者さんも自分と同じ一人の生活者。
実習で得た気付きを生かし、
依存症の人々の苦しみに向き合う。
久山 優果さん
人間福祉研究科前期課程 2023年修了
岡山県精神科医療センター
2021年卒業社会福祉学科
大阪市出身。人の相談に乗ったり人と話したりすることが好きで対人支援職を目指す。人間福祉学部社会福祉学科には社会福祉士と精神保健福祉士の2つの国家資格を同時取得できるカリキュラムがあることを知り、進学。4年生で資格取得後も、人間福祉研究科前期課程で学びを深め、現在はソーシャルワーカー2年目。
トラウマというレンズで依存症の苦しみを理解する。
私は、一見しただけでは分からない精神障害、中でも依存症の方の支援に関心があり、学部でも研究科でも、トラウマ(心的外傷)ケアやマインドフルネスを研究分野とする池埜聡教授のゼミに所属、トラウマというレンズを通してクライエント(援助対象者)の苦悩を理解することを学びました。多くの依存症者にはトラウマ、傷つき体験があり、その苦しみをかき消すために飲酒や薬物使用をすることには自己治療の意味があるといわれています。自己治療は苦しみを伴うものですが、その克服には、こちらが何かをしてあげるというよりも、クライエント自らが今という瞬間や体験に注意を向けて自分の状態に気付き、ありのままを受け入れることが重要です。その方法の一つとしてマインドフルネス、瞑想が有効であると言われており、授業では、マインドフルネスを実際に行うことで自らに目を向け、心や身体の状態に気付くという体験をしました。クライエントの苦しみを深く理解し、今この瞬間の安全やありのままの自分を受け入れて生活することをサポートできるようになりたいと思いました。
人間福祉研究科に進んだのは、学部時代、将来働いている自分の姿を想像できなかったからです。社会福祉士と精神保健福祉士の資格取得は目指していたものの、この分野に行きたい、ここで働きたいというものが定まらず、このまま社会に出ても何者にもなれない、「こういうことを学んできました」と就職先で胸を張って言えるものが欲しいと強く感じました。研究科で2年間、さらに依存症の知識を深めたことで、明確な目的を持って就職活動に臨むことができました。
援助関係では空間や時間を共有していることが重要。
学部時代のソーシャルワーク実習、精神保健福祉援助実習では、3年生は地域の社会福祉協議会で、4年生では精神科の病院と地域の障害者通所施設でお世話になりました。4年生時の実習先には卒業論文の作成でもインタビュー調査をさせていただき、同じ立場や課題に直面している人々が互いに支え合うピアサポートに着目して「精神障害者ピアサポーターのピアサポート活動における影響」を書き上げて、学部の最優秀卒業論文賞も受けました。学部生にとってデータ収集・分析は容易ではありませんが、実習先だったことでうまく聞き取れ、しっかりとしたデータを集められたのが大きな要因だと感謝しています。
一番印象深かったのは、研究科1年生でのフィールドワークです。夏から冬にかけての半年間、週1回依存症の方が通所するNPO法人の事業所でフィールドワークをさせていただきました。周りの職員さんたちに比べて無力な自分にすごく悔しい思いをしましたし、その場にいる自分を何もできないと嫌悪感さえ抱きました。でも、通所者の方とずっと一緒にいることで、徐々に雑談したり、他の職員さんの愚痴をこぼしたりしてもらえる存在になれました。空間や時間を共有していることに何よりも援助関係の意味があると気付け、私でいいんだと思うことができました。日々接する中では、この施設にやって来て、また家へと帰っていく皆さんは依存症を患い、断酒を継続できたりできなかったりと苦しみを抱えつつも、地域の一員として働きながら生活している方なのだと実感できました。それはソーシャルワーカーとしての今の仕事でも大事にしている視点です。現在の私のクライエントである入院患者さんも地域で生活するのが本来の姿で、病気を治療するために入院という社会から離れた異質な環境にいるのであり、患者さんとしてではなく、私と同じ一生活者、一地域住民として向き合うようにしています。
この授業をこの学年で受ける意味に気付いた。
学部時代は文化総部関西学院交響楽団に所属していました。中学校の部活でフルートを始めたのですが、高校で音楽から離れたことを後悔し大学ではまたフルートを吹きたいと思っていました。実習もあり学業との両立は簡単ではありませんでしたが、音楽の世界に戻り、部活の仲間たちとも出会えて楽しかったです。芸術には正解がない中、与えられた曲を責任を持って吹けるように練習し、みんなで一つのものを作り上げるのはいい経験でしたし、自己表現の場にもなりました。学年が上がると経理担当として100人以上の部員の部費や、講師の先生のスケジュール等を管理した経験は、今の職場でも、集団の取り組みが円滑に進むような書類作成や資料整理といった事務作業に生かされています。
また研究科時代はTA(教学補佐)をしたことが思い出深いです。学部生の授業をもう一度受けられるのが魅力で、「この授業を1年生で受けることには、こういう意味があったのだ」と納得し、理解できました。当時の私には、「興味や進路にとらわれず、どの授業もしっかり聞いておきなさい」と言いたいですね。例えば、目の前のクライエントは子どもでも、その母親は別の分野の支援が必要かもしれない場合、子ども分野のことしか分からない状態では支援たり得ません。高齢の両親と精神障害のある子が一緒に住んでいるケースも同様です。社会福祉には高齢者、子ども、障害者などさまざまな分野があり、生活の場面ではそれぞれがつながっています。そういう視点を持って学ぶことの大切さを再認識しました。
退院後はずっと地域で暮らしていけるよう願う。
ソーシャルワークの分野でずっと働き続けるというライフプランを描いた時、若いうちに忙しくてたまらないような経験をしておきたいと思い、就職先は精神科の救急急性期機能を持つ病院で、かつ依存症の病棟があるという2点から現在の病院に決めました。幸運にも依存症病棟に配属され、病棟の担当のソーシャルワーカーをしています。勤務中はほとんど病棟にいて、気になる患者さんを訪ねたり、ご家族や地域支援者との調整役として主治医や看護師を含む家族面談やケア会議をセッティングしたりしています。退院後に希望される福祉サービスについて関係機関につなぐといった退院支援にも力を入れ、手続き支援や事業所見学に患者さんと外出することも多いです。担当患者さん一人ひとりをしっかり把握し、何が必要かを見極め、退院した後に本人の希望する生活ができることを願って取り組んでいます。私はまだ2年目と経験も浅く、他のワーカーさんだったらもっとスムーズにできることもあるのかもしれませんが、今この時期に、この患者さんと出会えたことが、患者さんにとっても私にとっても意味があるものだと思えるような関わり方ができたらいいなと思っています。退院された患者さんと外来受診でお会いした時は、とてもうれしいですね。入院中とはまったく表情が違っていて、一生活者、一地域住民に戻られていると感じることができます。そういう時に「お世話になりました」と声をかけていただくと、入院中にきちんと関わることができていたんだな、私が関わった意味があったんだなと思えます。
いつかは研究の場に戻り博士論文を書き上げたい。
研究科を修了した時点では、近い将来に研究の世界に戻ってこようと考えていたのですが、今はまだまだ現場にいて、より多くのクライエントの方とどんどん出会っていきたいと思うようになりました。いざ現場に出てみると、クライエント一人ひとりがそれぞれ異なる状況を抱えておられ、学ぶことは果てしなくあります。池埜先生がおっしゃった「現場は面白いよ」という言葉の意味を今、身に染みて感じています。池埜先生ご自身も臨床での経験を積んでこられた方で、「現場を知らない研究者ではなく、現場を知っている研究者がいいと思う」と言われており、病院に限らず、行政、地域の事業所など働く場を問わずメンタルヘルスの領域でソーシャルワークを続けていきたいと思っています。学生の時に思い描いていたよりも研究の場に戻る時期は遅くなりそうですが、やはり学ぶことも好きなので、いつかは博士課程に進み、臨床に還元できるような博士論文を書きたいです。依存症支援やトラウマケアといったテーマで、現場での実践を通して生まれてきた私自身の問題意識のようなものを一つの形にまとめるのを楽しみにしています。