十人十福

Vol.12

生と死に関する学びを得て、
命と向き合う災害の現場で
これからも人のために。

津村 圭祐さん

大阪市消防局

2022年卒業人間科学科

大阪市出身。十代半ばの時、読んだ小説に影響を受け消防士を志す。人間福祉学部人間科学科に進学後は、藤井美和教授のゼミで生と死に関するさまざまな問題について学びを深め、卒業論文では大阪市消防局へのインタビュー等により災害現場で働く人の惨事ストレスについてまとめた。卒業後は希望をかなえ消防士として活躍している。

#ゼミ#部活動#仕事

死を身近にあるものとして捉えることができた。

大学3、4年生では、死生観やクオリティー・オブ・ライフ(QOL)を研究分野とする藤井美和教授のゼミで、人の生と死にまつわるさまざまな問題について私たちがどのように考え関わっていくかをテーマにした死生学という学問を探究しました。それまで死について深く考える機会はなく、初めて触れる学びでしたが、卒業後は消防士になりたいという夢があり、その仕事とも密接に関わってくる分野ではないかと考えて選択しました。ちょうどコロナ禍でリモートの授業が多く、「妊娠中の子どもに障害があると分かった場合、産むか産まないか」といった優生学に関するテーマや、エンド・オブ・ライフケアを基に、ゼミ生たちで議論を交わしました。藤井先生の妹さんが淀川キリスト教病院のチャプレン(病院付き牧師)をされていたこともあって、ホスピスや緩和ケアにまつわる話を聞く機会もたくさんありました。患者さんやご家族に対して緩和ケアというアプローチがあることは授業で初めて知り、このケアであれば安らかな死を迎えることができるのではないかと思いました。結局、確固たる死生観を築くには至りませんでしたが、グループワークなどを通して生と死に対する多様な意見を聞けたことで、少なからず死を身近にあるものとして捉えることができました。

災害での惨事ストレスに着目し卒業論文にまとめる。

ゼミで一番思い出深いのが卒業論文の取り組みです。災害や事故などに遭遇した人や、その惨事の様子を見聞きした人に起こるストレス反応を「惨事ストレス」といいます。この惨事ストレスに着目し、「災害現場で働く人はどのようなストレスを感じるのか」と題して調査研究をしました。被災者に関する研究に比べ、救助する側のストレスを扱った研究はあまり多くなかったので、ぜひ調べたいと思いました。東日本大震災や2014年豪雨による広島の土砂災害の現場で活動された消防士の方々にインタビューさせていただき、その内容から考察しました。藤井先生には、先行研究等を調べて仮定を立て、質問内容を考え、聞き取りの際は全員に同じ問いかけをしなさいとアドバイスを頂きました。そこで、救助する側の方たちも強いストレスを受けるだろうと仮定して臨んだのですが、インタビューした方々は、心技体をバランスよく整えてきた方々で、感じたストレスをしっかりと発散し、後に残らないように自己管理されているのだと分かりました。例えばお子さんがいらっしゃる方は、子どものご遺体にかなり衝撃を受けたと話されましたが、その経験を今後の仕事にどう生かしていくかという方向に切り替えられていました。4年生の4月にテーマを決め、インタビューに伺った秋口には私自身、大阪市消防局から内定を頂いていました。卒業論文の取り組みが、自分の卒業後の進路としても非常に興味深い研究になりました。

トレーニング論や栄養学を部活動に応用できた。

中学、高校の6年間はラグビーをしていましたが、大学では違うことをやってみようと体育会重量挙部に所属しました。バーベルを挙げるためには筋力と瞬発力が重要で、筋力アップや瞬発力強化に向けたトレーニングメニューを考えたり、栄養面を考えたりする時には、栄養学やトレーニング論などの授業で習ったことがとても役立ちました。スクワット一つにしても、軽めの重量で回数を増やす、一回一回をゆっくりとした動作で行うなど、何を目的にするかでやり方は随分変わります。目的に合わせて、こういう動きを取り入れてみたらいいんじゃないか、こんなトレーニング方法もあるよと仲間にアドバイスしたり、食生活について栄養学の面からより効果的な摂取方法を教えたりすることができました。消防士に必要なパワーが付いたのはもちろん、主将をさせていただく中で、誰よりもまず自分が一番しんどい練習をやろうと頑張ったことで精神力も鍛えられたと思っています。また、ラグビーとウエイトリフティングの両方を経験したことで、チームスポーツと個人競技それぞれの特徴や違いがよく分かり、その上で私はチームスポーツの方が向いていることもはっきりしました。チームワークは小隊で行動する消防士の仕事においても不可欠な要素だと考えています。

現場では落ち着いて行動、そのために訓練に励む。

私は本を読むのが好きで、消防士になりたいと思ったのも十代半ばで出合った日明恩さんの小説「Fire’s Out」シリーズがきっかけです。主人公の消防士がとにかく熱い人物で、この人たちのために何とかしようという気持ちが伝わってきました。私も消防士になって人のためにできることをしたいと考えるようになり、気持ちがぶれることは一度もありませんでした。皆さんが想像する通りの、消防車で火災現場へ駆け付け消火活動に当たるのが主な任務です。消防士になった当初、現場で焦ってしまい、訓練ではできていたことができないという経験をしました。焦るとパニックになります。私たちがパニックになると自分自身の命はもちろん、何より救助される側の方の命も危険にさらされます。ですから一番心がけているのは、現場では絶対に焦らず落ち着いて行動すること、それができるように日々の訓練に励むことです。加えて、小隊で行動するのでチームワークも大切です。規律正しく、和を乱さず、隊長の命令に従って素早く動くという基本を大事にしています。一方で、休みの日はリラックスして過ごすようにしています。緊張と緩和のバランスを大事にしています。上司に誘っていただいて大阪市消防局のラグビーチームに入り練習や試合に参加するなど、うまく気持ちを切り替えながら充実した毎日を過ごしています。

命と向き合い心構えを持って死を受け止める。

消防士である以上、命と向き合うことを避けては通れません。藤井ゼミでの学びを通して、死というものを、心構えを持って受け止めることができるようになったのは、この仕事を続けていく上で本当によかったと受け止めています。また、卒業論文に取り組む中で知識を得た惨事ストレスとそのケアについては今後、大規模災害の現場などに派遣された際に、自分自身はもちろん、隊のメンバーがトラウマやストレスを抱えた場合にも活用できるのではないかと考えています。災害救助においては、自分では気が付かないうちにストレスを抱え込んでしまっているケースが往々にしてあります。惨事ストレスケアでは、災害に遭ったらまずミーティングなどを開いて何でもいいから話をする、それも1回で終わりではなく定期的に場を持つのが原則だと学びました。ミーティングのような形の中で、「こういうストレスを感じています」と吐き出してもらう、一人でため込むことがないように持っていくことができるかなと思っています。もちろん、災害が起きない方がいいですし、災害現場は少ないほどいいのが大前提ですが、大学で学んだことを生かせる場にいるんだなということを改めて感じています。