十人十福

Vol.12

言葉遣いを科学する
~私のスペイン語研究~

村上 陽子教授

#社会言語学

 みなさんは年齢がひとつ上の先輩と話すとき、ため口で話しますか。それとも敬語で話しますか。どの先輩と話すかによる、という場合もあるでしょうが、多くの人が「敬語で話す」と答えるのではないでしょうか。敬語でも「おっしゃる」とか「召し上がる」のような言葉は使わないけど、「です・ます」の丁寧な形を使う、と言う人が多いかもしれません。

 私が専門とするスペイン語にも、話し相手に向けたため口と敬語に似た「言葉遣い」があります。スペイン語圏で、このコラムを読んでいる皆さんと同じ世代の人に同じ質問をすると、おそらくほとんどの人が、ため口にあたるほうの表現を使う、と答えるはずです。また、それほど大きな年齢差がない相手から丁寧な言葉遣いをされると、相手が怒っているのかな、とか、何か冗談を言おうとしているのかな、と考え、丁寧な口調であるとは解釈しない傾向があります。

 このことが示しているのは、誰にどのような言葉遣いを用いるかは、言語や文化によって異なり、日本語で丁寧だと思っている表現をそのままほかの言語に翻訳しても、必ずしも丁寧な表現にはならない、ということです。また、「おっしゃる」「召し上がる」のような敬語がない言語もあり、スペイン語もそのひとつですが、だからと言って丁寧な、敬意を持った言葉遣いがないということではなく、別の方法で丁寧さや敬意を表します。

 私は、社会言語学や語用論という学術分野で扱われる「ポライトネス(politeness)」に関連する研究を行っています。最近は、「看板(正式には、公共サインと言います)」に見られる、指示文の言葉遣いや言語的特徴をポライトネスの観点から分析しています。公園に行くと「ボール遊びをしないでください」とか「バーベキュー禁止」などの看板がありますよね。そういった看板が公共サインです。

 このコラムの最初に尋ねた「先輩にため口を使うか、敬語を使うか」というテーマは、「待遇表現」と呼ばれる分野に属しています。私が担当する科目「グローバル演習E」で訪問するコロンビアやスペインのいくつかの都市で収集したデータを待遇表現の視点から分析すると、公共サインの内容と置かれている場所によって、一定の傾向があることが分かりました。例えば、新型コロナウィルス感染拡大防止のためのポスターには、先ほど「日本語のため口にあたる」と書いた形式で書かれている傾向が強いです。これは、コロナ禍という誰にとっても未知の危機的状況において、公共サインを読む人との距離を縮め、寄り添う表現を使っているということが分かります。その一方で、公的文書や読み手が誰であるか分からない文書では、日本語のため口のようなインフォーマルな形式はスペイン語においても使われない、とされているにもかかわらず、公的で不特定の読み手に向けた公共サインで、相手への親しみを表現するスペイン語形式が使われているのは、この形式が日本語のため口とは違う側面を持っているからだ、ということも分かります。

 私がスペイン語の待遇表現に興味を持ったのは、大学生のときでした。大学ではスペイン語を専攻し、個性的な先生や同級生たちに囲まれ、毎日授業の予習復習に明け暮れながら、英語とはまた違ったスペイン語の文法や言い回しをとても面白く感じていました。そして、スペイン語圏に行ってスペイン語を使って暮らしてみたいと考えて、スペインに留学しました。人々の話すスペイン語を耳にし、スペイン語で話しかけられるたびに、待遇表現の複雑さに魅了され、すっかり虜になりました。卒業論文でセルバンテスの短編小説の登場人物の用いる待遇表現の分析をしてから20年以上が経ちますが、世代差や性別差、さらには地域差など、興味深い現象をたくさん持っている待遇表現にいまだに魅力を感じ続けています。

 大学生活は色々な出会いの場であり、「おもしろい!」と思ったことに打ち込める場です。あなただけの「おもしろさ」にたくさん出会って、人生を彩り豊かに過ごす基礎をぜひ作ってください。

「この公園はみんなのものです。大切にしてください!
禁止 露店による商売 アルコール飲料
きみの公園だよ、楽しんで!」


※所属や内容は掲載日時点のものです。また内容は執筆者個人の考えによるものであり、本学の公式見解を示すものではありません。

コロンビア

コロンビアの首都ボゴタの公園の公共サイン